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個別支援

 

難民の家族呼び寄せ

Aさんは、アフリカの某国で人権主義ジャーナリストとして活動したため、政府・反政府双方から危険視され、身体的な脅威にさらされて、2007年1月に紆余曲折の末、母国に妻子を残したまま日本に辿り着きました。3人の子供たちはまだ幼く、一番下の子はまだ妻のお腹の中にいたので、ある程度の期間安全な場所に避難し、自国の治安状況が改善されたらすぐ自国に戻るつもりでした。ところが状況は悪化の一途をたどったため、日本で難民申請をして、2008年10月に認定を受けました。直ちに、家族呼び寄せのための行動を開始しましたが、多くの困難が待ち受けていて、実現したのはその後7年近く経過した2015年4月でした。以下に、Aさんが入管に提出した最新の陳述書をベースに、この間の日本政府の非協力的な対応、Aさんの苦難の道のりをご紹介します。

家族の到着を待つAさん
 

難民不認定取消訴訟

BさんもアフリカのAさんと同じ国から難民として日本に亡命してきた人です。

母国でBさんは中学校の教師でした。父親は反政府運動のデモで逮捕され、拷問で受けた脳の損傷が原因で死亡しました。Bさんも父親と同じ反政府団体の党員として活動していましたが、国から出頭命令が下され、身の危険を知って出国を決意しました。たまたま申請していた日本入国のビザが下り、2008年10月2日、成田空港に着きました。

難民不認定取消を求めるBさん